シンフォニック・バンド(Symphonic Bands)
Tb.パートの大槻です。
カテゴリ「関連情報」では、では、当団で取り上げている楽曲に関連するマメ知識をご紹介していきます。
第5回は、シンフォニック・バンドについてをご紹介します。
スペインのお家芸であるバンド・パソドブレ。その演奏動画の中には驚くべき大人数のバンドが演奏しているものも見かけます。 ステージからこぼれんばかりにひしめく楽器… まさに楽器の洪水です。しかもチェロを交えての優雅な演奏もあります。 このバンドは何者なのか、さっそく調べてみることにしました。その結果、スペインにはギネス級のバンドがいくつもあることが判りました。 市民バンドのひとつの形として、考察する価値がありそうです。
シンフォニック・バンドとは
チェロを交えた大編成のバンドはシンフォニック・バンドという形態です。 シンフォニック・バンドはオーケストラからバイオリンとビオラを除き、クラリネットを旋律の主力にした編成です。 通常の吹奏楽にチェロ、コントラバス、ハープ、ピアノが加わったイメージと言ったほうがいいでしょうか。 またオーケストラとは違って、パートごとの本数の制約はないようです。 ホールはもちろん、地域イベントや野外音楽堂での演奏も前提としており、100名以上にもなる大編成です。
市民バンドの活動
スペインには地元からの支援を受けたシンフォニック・バンドが各地にあるようです。二三、例を挙げましょう。
ブニョール
ブニョールはバレンシア州の片田舎にある、人口1万にも満たない小さな町です。 「トマト祭り」というトマトをぶつけ合う伝統行事が有名です。この祭りには町の人口の4倍の観光客が訪れるそうです。
普段は静かなこの町の中心部に音楽協会と音楽学校、劇場があります。 この音楽協会が保有する楽団は、なんと1883年の創設です。実に140年以上の歴史がある楽団ということになります。 この楽団は地元バレンシアの国際コンクールの特別セクションにおいて7回受賞などさまざまなコンクールで何度も受賞に輝いています。 特に1990年代に黄金期を築きました。オランダ、ドイツ、スイスなど、ヨーロッパ各国の錚々たるバンドが競う場にスペインの代表として参加しています。
マドリッド
首都マドリッドにも1909年創設、つまり100年を超える歴史があるバンドが存在します。
19世紀のスペインでは大衆音楽文化が定着して、芸術的・社会的運動として広まりました。 これを受けて多くの都市で管楽器による楽団が設立され、市民のレジャーや公式行事で演奏するようになりました。 マドリッドでも市長自らが、他地域の有名な市立音楽隊を視察に行くほどの熱の入れようでした。 視察後、市長の提案により市立楽団が設立されました。
この楽団は現在でも演奏者の数とレベルの両面で最高のバンドとして評価を得ているようです。 主な活動は独自コンサートや市の文化プログラムの一環としてのコンサートなどです。 市議会が所有する芸術団体として、音楽教育機関としての役割も果たしています。
リリア
バレンシアのリリアにある市民バンドはスペイン最古の市民バンドだそうです。 1819年にフランシスコ会の神父によって設立されたということですので、200年を超える歴史があることになります。 1888年に、バレンシアで開催されたコンテストに初参加し優勝。以来、何度もこのコンテストで一等を受賞しています。 国外で開かれる国際的なコンクールで優等賞一位を獲得するなど、各賞の受賞歴もあります。 コンサート、市民や宗教のパレード、テレビやラジオでの演奏のほか、欧米各国で演奏しています。
リリアはバレンシア州の人口2万の小さな町です。こんな小さな静かな町にも歴史あるバンドがあり、ハイレベルな演奏をしているのは、まったくもって驚きです。 地域に根差した音楽文化の深さを知ることができますね。
バルセロナ
バルセロナでは自治体がイベントや祝典での伴奏用に楽団を持つのが伝統だそうです。 古くは14世紀にアラゴン王国の国王ピョートル4世が騎兵隊の帰還のために吟遊詩人たちを動員したのが始まりともいわれています。 市が楽団を所有しイベントで大衆を楽しませるという伝統は、"música de la ciutat(シティ・ミュージック)"という名で引き継がれてきました。
19世紀になると、裕福な階級の人々のものであった芸術を下層階級の人々にも届けようという動きが芽生えました。 この考え方に基づいて、市議会により市立オーケストラ・市立バンド・市立音楽学校が設立されました。 シティ・ミュージックの伝統が生かされたといっていいでしょう。バンドは大衆に熱狂的に受け入れられ、市議会は演奏会場を建設するなどして支援しました。 定期コンサート、街のイベントへの参加のほか、地元カタルーニャの音楽の普及にも力を注いでいるのが特徴です。
地域に根付いた市民バンド
大編成で質の高い市民バンドが長年維持されているのは驚きですが、楽団側の努力だけでできるものではありません。 地元の伝統や行政の認識も重要で、楽団と地元、行政が連携し合うことで可能になった話のようです。
まず大事なのは、みんなで芸術を共有しようという考え方が地域の伝統になっていることです。 楽団の活動が社会的、政治的、文化的に重要であることが地域によって理解されているのです。 ここから、楽団を地域の誇りとし楽団を支援する意識が生まれているのでしょう。
行政も楽団の活動に積極的な役割を果たしています。自治体がイベントや祝典用に楽団を持ち住民に提供するという歴史が生きている訳です。 また、市立バンドと市立音楽学校をセットで設立する施策もポイントです。楽団が音楽教育を担い、バンド文化を引き継ぐ若い世代の育成を図っているのです。
最後に、楽団については、レベル向上、社会還元、魅力づくりがキーワードです。 コンクール参加や各賞の受賞はレベルを可視化しアピールするものですし、市のイベントに参加して露出を増やすのは社会還元につながります。 また外部の指揮者やプレーヤーとの共演や新人の発掘、伝統音楽の継承・普及活動など幅広い活動も行われています。
地域・行政・楽団の3者が連携し善循環を作ることが、市民バンドを存続させる力となっているのですね。