楽曲紹介「君といつまでも」
Tb.パートの大槻です。
カテゴリ「楽曲」では、当団で取り上げている楽曲の紹介をしていきます。
第20回は、昭和歌謡の名曲『君といつまでも』をご紹介します。
『君といつまでも』は半世紀以上前の曲ですが、夕陽・青春・恋と三拍子そろった、不滅のラブソングです。 ここに加山雄三の、海・ギター・ヨットといったイメージが重なれば、心は茅ケ崎にひとっ飛びです。
加山雄三・歌と映画
加山雄三(1937-)の長期にわたるキャリアと多彩な才能については、すでに多くが語られているところです。
二枚目俳優・上原謙を父に持ち、慶應高校、慶應義塾大学で青春を謳歌しました。 慶應高校時代にはボクシングやバンド、スキーをたしなみ、スキーは大学時代に国体に出場したほどの腕前。
加えて学生時代から海への情熱を持ち、マリンスポーツを色々こなすほか、学生のときにはヨットを所有していたとのこと。
1960年、大学卒業後すぐ、東宝映画の若手看板スターとなり大活躍しました。 娯楽映画の"若大将シリーズ"が大ヒットして、以後"若大将"が愛称となりました。
"若大将シリーズ"とは東宝が1960年代に製作した青春映画のシリーズのことです。 全部で17作あり、加山雄三の主演で人気作を連発させました。 主人公はスポーツ万能の好青年という設定ですから、加山雄三そのものです。 シリーズの後半は社会人編というのも作られたそうです。
映画としては他にも、黒澤明、成瀬巳喜男、岡本喜八など名匠の作品にも出演し、ブロマイドは爆発的な売れ行きを記録しました。
音楽においても、1961年に歌手デビューしたほか、弾 厚作のペンネームで作曲も行いました。 このペンネームは尊敬している團伊玖磨と山田耕筰に由来するものだそうです。 『君といつまでも』をはじめとして数々の曲を作り、日本におけるシンガーソングライターの草分け的存在とされています。
ほかにもスキー場経営や自己モデルギターの販売、画集の発表など、エネルギッシュで多彩な活動で知られています。日本で初めてサーフィンをした人でもあるそうです。 ヨット「光進丸」を自ら設計したほか、日本セーリング連盟応援団長としての顔もあります。
映画『エレキの若大将』
若大将シリーズの6作めとして1965年に作られたのが、『エレキの若大将』でした。
1965年ころの日本は、その年1月に来日公演を行ったザ・ベンチャーズや、ザ・ビートルズといったロックバンドの影響もあり、 空前のエレキギターブームに沸いていました。その意味でもこの映画は、実にタイムリーに製作された作品といえます。
『エレキの若大将』の主演はもちろん加山雄三です。映画ではアメフト部の次期キャプテンという役どころを演じています。
映画のストーリーは、お金が必要な事情が持ち上がった主人公が、部員たちとバンドを立ち上げて賞金を稼ぎに取り組むというものです。 対立するバンドからのいやがらせもありますが、それを乗り越え、交通事故の賠償金という難題をクリアしていきます。
最後に、"本業"のアメフトでも優勝し、試合後に祝勝会が開かれます。ここで、主人公に思いをよせる女性と加山雄三が歌うのが『君といつまでも』なのです。
『エレキの若大将』の作中ではエレキギターで「ウィリアム・テル序曲」や「金髪のジェニー」、「ドナウ河のさざなみ」といった曲のアレンジが流れます。 エレキギターをロック以外のジャンルに使用していくことで、軽妙さや哀愁などさまざまな表現が実現しています。 同時代に一世を風靡した寺内タケシの「エレキ民謡」もそうですが、当時まだ珍しかったこの楽器の可能性を模索する時代だったのだなあという感じがしますね。
「幸せだなあ」
『君といつまでも』は岩谷時子(1916-2013)の作詞です。岩谷時子は宝塚歌劇団に関わったほか、多数のヒット作を世に送り出した作詞家としても広く知られています。 越路吹雪『愛の讃歌』、ザ・ピーナッツ『恋のバカンス』、岸洋子『夜明けのうた』、佐良直美『いいじゃないの幸せならば』、ピンキーとキラーズ『恋の季節』。 いずれ劣らぬ名曲揃いです。
歌詞の途中にある、あの有名なセリフについてですが、 加山雄三は『君といつまでも』の編曲を聴いたときに大変気に入り、「幸せだなあ」と言ったので、歌詞の途中にセリフを入れる事になったのだ、と言われています。
この曲のレコードの売上は300万枚の大ヒットを記録しました。加山雄三ブームともいわれる社会現象を生みだし、翌年には第8回日本レコード大賞で特別賞を受賞しました。
同じく1966年には日本語の歌詞そのままに、『Love Forever (Kimi-To-Itsumademo)』というタイトルでアメリカでも発売されました。 加山雄三と交流のあるザ・ベンチャーズもこの曲をギター演奏でカバーし、加山雄三ブームを加速させました。
永遠の青年
永遠の若大将・加山雄三ですが、2015年、御年78歳にて全国ツアーからの引退宣言がありました。 このときのコメントは、「ほかのことをやりたいから。一つの夢として80歳になるまでに設計している船を完成させたい」とのことでした。
年齢を気にせず、いよいよ意気軒高。タフネスと好奇心は常人を超えています。理想のシニア・ライフですね。いや、シニアではなく、永遠の青年というべきなのかも知れません。 小筆もシニアの域ですので、少しは見習わねば、と思う次第です。
『君といつまでも』はあの照れくさいセリフと共に、長らく結婚式披露宴の定番でした。しかし、今はさすがに歌の世界も世代交代してしまったようで、"披露宴でよく歌われる曲"といったリストには見かけなくなりました。残念なことですが、昭和は遠くなりにけり、といったところでしょうか。