楽曲紹介「Can't Help Falling in Love(好きにならずにいられない)」

Tb.パートの大槻です。
カテゴリ「楽曲」では、当団で取り上げている楽曲の紹介をしていきます。
第29回は、『Can't Help Falling in Love(好きにならずにいられない)』をご紹介します。

 アメリカのロック歌手・エルヴィス・プレスリーはランキングチャート、売上金額などで驚異的な数字を次々に出した、伝説のスターです。

 『好きにならずにいられない』は1961年にプレスリーが主演した青春映画『ブルー・ハワイ』の挿入曲で、アメリカはもとより、イギリスでも大ヒットとなりました。生き方やファッションなどで若者文化をリードしたプレスリーですが、この曲ではそれまでと違う顔を見せてファンを魅了しました。

『ブルー・ハワイ』

『ブルー・ハワイ』は題名の通りハワイを舞台とした映画です。

 エルヴィス・プレスリーが演じるのはパイナップル農園を営む一家の息子の役です。 農園を継いでほしいという親の期待に反して観光会社に就職するのですが、ケンカをして会社をクビになったり、恋人を親に紹介するも不調に終わったりと、色々なトラブルに見舞われます。恋あり夢ありの青春映画といった内容です。

 この映画では『アロハ・オエ』、『ラ・パロマ』など、南国情緒あふれる挿入歌が次々にでてきます。さすがプレスリー主演だけあって、ハワイらしさのあふれたいい曲ばかりですね。

 そして『Can't Help Falling in Love(好きにならずにいられない)』もこの映画から生まれたヒット曲なのです。原曲を聴くとスチールギターやウクレレが鳴っていてバカンスの雰囲気があります。これはハワイの映画だったからなんですね。

 この曲の作詞作曲には、ジョージ・デヴィッド・ワイス、ヒューゴ E. ペレッティ、ルイージ・クレイトアーという3人のチームワークがありました。ジョージ・ワイスGeorge David Weiss(1921 - 2010)は、『この素晴らしき世界(What a Wonderful World)』(1968)で知られるアメリカのソングライター、アレンジャーです。

伝説のスーパー・スター

 エルヴィス・アーロン・プレスリー(Elvis Aron Presley)(1935 - 1977)は、アメリカのミシシッピ州で生まれました。

 ロックシンガーとして活動し、シングルヒットで1位になるなど、ヒット曲のランキングや売上金額などで驚異的な数字を次々に出しました。史上最も売れた音楽家の一人と言われています。

 プレスリーはアメリカやイギリスをはじめとする多くの若者をロックンロールによって熱狂させました。 1957年の『監獄ロック』は一世を風靡したロックの名曲とされています。

 プレスリーは体をゆすってアピールしながら歌い、全身で音楽を表現するという新しいスタイルを広めました。これは当時の常識からすると行儀の悪いことで、あり得ないことでした。また、ファッションや髪型なども流行となり、同じ価値観と気分を共有するものとして若者の間で定着していきました。

 こうした社会現象はいわゆる「若者文化」という言葉を生み出しました。若年層の価値観が社会規範に看過できない影響力を持つものとして認識されるようになったのです。

 プレスリーは「不満と反抗」の旗印、あるいは若者のファッション・アイコンとして時代をリードする存在であり続けました。こうした立ち位置から、プレスリーはロックの創始者のひとりと見なされています。

 プレスリーの登場によって、音楽はライフスタイルと結びつき、特に若者による既成観念への反抗やメッセージ発信のツールになったのです。プレスリーは、音楽を通して「ロックな生き方」を実現した最初のアーチストなのです。

転機

 プレスリーにとって『ブルー・ハワイ』は大きな転機になりました。 『Can't Help Falling in Love(邦題:好きにならずにいられない)』は 甘くムーディな歌声が人気となり、テーマ曲『ブルー・ハワイ』をしのぐ人気作となったのです。

 君を愛さずにはいられない、それは運命だから…

 ラブソングを歌いこなすことで、それまでのプレスリーのイメージはソフト・ムードに大きく変化していきました。

 プレスリーは、ロックのほか、バラード、イージーリスニング、民謡など歌えないものがないほど多才だったと言われています。芸域が広がることでファン層も拡大し、1970年代に入っても人気は衰えることはありませんでした。テレビ出演の他、ラスベガスでのショーを精力的にこなし、派手なステージ衣装に身を包み大規模なバックバンドを従えたゴージャスなステージはプレスリーの代名詞になりました。

 ギネスでも「史上最も成功したソロ・アーティスト」として認定されたスーパースター。 まさにアメリカンドリームを地で行った生涯だったと言えるでしょう。