「スペインのマーチ 1」
Tb.パートの大槻です。
カテゴリ「関連情報」では、では、当団で取り上げている楽曲に関連するマメ知識をご紹介していきます。
第11回はスペインのマーチについてをご紹介します。
これまで、スペインの音楽のうち、特にパソドブレについて色々と調べてきました。
パソドブレはマーチに似た拍子とテンポを持っているため、スペインのマーチと解釈されることがあるようです。 確かにミリター・パソドブレのように重複する部分もありますが、パソドブレはマーチと同じものではありません。
両者が異なるものであるとしたら、スペインのマーチとはどのようなものなのでしょうか。どのような曲が人気曲として演奏されているのでしょうか。今回は日本では耳にする機会の少ない、スペインのマーチについて見ていきたいと思います。
『Los Generales』
ホセ・テオバルド・パワー・レタJose Teobaldo Power Reta(1876-1964)によるマーチです。
ホセ・パワーは軍の音楽家として活動し、レオン連隊の楽団長も努めました。 作品としては、アンダルシアのそよ風という意味のミリター・パソドブレ『Brisas andaluzas』やレオン歩兵連隊の賛歌『Himno del Regimiento Infantería de León』といった曲があります。
このマーチのタイトルになっている "General"とは"将軍"あるいは"大将"という意味です。
1915年に作曲されたものですが、テンポ125-130拍で軽快に演奏される晴れやかなマーチです。冒頭部分においてもパソドブレによくありがちな陰鬱・重厚な調子や強調された勇壮さがありません。
演奏時間こそ2分程度と短めの曲ですが、フランスのマーチを連想させるような親しみやすく覚えやすい曲です。
『La Cancion del Legionario』
「軍人の歌」といった意味です。レジオナーリョLegionarioとは古代ローマのレギオン兵士のことですが、転じてスペイン軍外人部隊の兵士を指します。
外人部隊とは、モロッコやキューバなど外国からの志願兵からなるスペイン軍の部隊です。 個性的な部隊で、ヤギなどの動物をマスコットとして飼う伝統があり、閲兵式では動物も兵士と一緒に行進します。 ちなみに飼われている動物は戦場での食料としての役割も兼ねているそうです。
この部隊のもう一つの特徴は、行進テンポが140拍程度と、極めて速いことです。 このため、マーチも極めてハイ・テンポで演奏されます。 いわゆるRifles Marchという行進曲ですね。この曲の演奏テンポはなんと160拍程度です。
この曲には歌詞があります。当時、スペイン軍の司令官であったエミリオ・ギジェン・ペデモンティEmilio Guillén Pedemonti(?-1956)によるもので、「戦う軍団、死ぬ軍団」をイメージして作詞したということです。 この歌詞にマドリッド生まれの作曲家・モデスト・ロメロModesto Romero Martínez(1883-1954)が曲を付けました。
スペイン軍では、ガルシーラソ・デ・ラ・ベガやロペス・アングラーダ大佐など、軍人が作詞をした例がいくつかあります。これはおそらく他の国ではあまり見られない特徴でしょう。
歌詞には、私の旗印は勇敢に戦うことである。勝つまで、死ぬまで。死について考えないのだから鎧も棺もいらないのだ、と大変苛烈な内容が含まれています。
この曲はスペインがフランコ政権下にあった1954年に作曲されたものです。外人部隊の創設者であり、四度の重傷を乗り越えたという、不死身の闘士・スペイン軍初代司令官ホセ・ミラン=アストレイに献呈されました。苛烈な歌詞は、時代や国情を映したものであるようです。
『Krouger』
作曲者・カミロ・ペレス・ラポルタCamilo Perez Laporta(1852-1917)は、バレンシア州のアルコイという小さな町で生まれました。さまざまなジャンル・種類の作品を作曲した人ですが、宗教音楽、祝祭音楽、サロン音楽、器楽などのほか、ポルカ、マズルカ、パソドブレ、マーチなどもあります。
カミロ・ペレス・ラポルタは歴史上の出来事から着想を得たり、宗教イベントのための音楽を作ったりしています。前者の例としては、カリブ海に位置する大アンティル諸島で国の名誉を守るアルコイ人に捧げるパソドブレ『Peleant en Cuba y pensant en Alcoy』という曲があります。また後者の例としてはパソドブレ『Micalet Sou』や、ムーア人の入場のための曲『Benixerraix』などがあります。
『Krouger』もカミロ・ペレス・ラポルタの本領である、歴史上の出来事とムーア人とキリスト教徒の祭りの両方に関わる曲です。この曲は次のような史実から着想を得ているそうです。
711年、イスラム勢力がイベリア半島に攻め込みました。イスラム勢力は総督(ワーリwali)を頂点とする体制を敷いてキリスト教徒を支配しました。二代めの総督はアブド・アル=アジーズ・イブン・ムーサAbd al-Aziz ibn Musaといい、 イベリア半島のほぼ全域を制圧する一方で、特別税を納めればキリスト教の信仰も認めるなど、現実的な統治の基礎を作りました。 『Krouger』はこの総督をテーマにしたパソドブレです。
その後、イベリア半島の各地でキリスト教徒とイスラム勢力との間で長年にわたり攻防が続きましたが、アルコイでは14世紀にようやくイスラム勢力を追放することができました。
失地回復を記念して16世紀から行われるようになったのが「ムーア人とキリスト教徒の祭り」です。 これはムーア人とキリスト教徒が当時の服装で行進し、支配と解放を表現する歴史再現イベントです。
『krouger』はこのお祭りのために作られた曲で、カミロ・ペレス・ラポルタの代表作でもあります。行進は行進でも、お祭りの行進ですね。
今回はスペインでよく知られているマーチを見てきました。
一口にマーチといっても、軍の部隊で歌われる賛歌や、地域イベントで街を練り歩く時の曲など、 さまざまなものがあるようです。日本では聴くことのない曲も多いですが、マーチを調べてみることで、そこにどのような想いがあり、大切にされているのかを知ることができそうです。