楽曲紹介『トロンボーン・ラグ』
Tb.パートの大槻です。
カテゴリ「楽曲」では、当団で取り上げている楽曲の紹介をしていきます。
第31回は、『トロンボーン・ラグ』をご紹介します。
この曲は1985年にアメリカのジョン・ヒギンズJohn Higginsが作曲しました。ヒギンズは編曲家や音楽ディレクターとしても活動しています。
この曲のタイトルはラグですが、デキシーランド・ジャズのスタイルをとっています。4本のトロンボーン・セクションがバックバンドと一体となって陽気に演奏します。グリッサンドなどトロンボーンならではの魅力もしっかり盛り込まれています。
ラグは19世紀末のアメリカに誕生して大変流行しました。オールド・アメリカを感じさせるデキシーランド(アメリカ南部)の音楽です。
ラグとは
ラグは正式にはラグタイム(ragtime)といいます。19世紀末から20世紀の初めにかけてアメリカで流行した音楽です。 リズムは2/4拍子か4/4拍子で、ハーモニーは西洋音楽のものですが、裏拍を強調するビート感覚はアフリカの音楽の影響を受けていると言われています。
この新しい音楽がラグと呼ばれるようになった理由には、いくつかの説があるようです。
一つ目の説は、ラグではクラシックと違ってシンコペーションよく使うのですが、この特徴を「ragged(でこぼこした)」と評したことが始まりであるとするものです。また別の説では、メロディーと伴奏が微妙にずれるのでラグタイムrag-timeと呼ばれた、と説明しています。
辞書で「ragged」を調べると、「でこぼこした」という意味のほか「雑な」「耳障りな」という意味も出てきます。 シンコペーションの効いたラグのリズムは、従来のクラシック曲と一線を画す、新しい音楽だったのでしょう。
ラグタイムは主にピアノで演奏されますが、歌詞を持つ曲もありました。 そうした曲は「ポピュラーソング」として第一次世界大戦後まで流行しました。
また、ラグは後のジャズの元となった音楽のひとつともいわれています。 ただし、ラグとジャズではリズムが異なるとか、 ジャズは即興演奏が基本なのに対してラグは楽譜通りにしか演奏しない、といった違いがあるそうです。
有名なラグタイム作曲家としては、スコット・ジョプリンScott Joplin(1868-1917)、ジェームズ・スコットJames Scott(1886-1938)、ジョセフ・ラムJoseph Francis Lamb(1887-1960)がいます。
スコット・ジョプリンはアフロ系アメリカ人で、ヨーロッパのクラシック音楽のハーモニーとアフリカ系アメリカ人のリズムを結びつけた音楽を追求していました。ジョプリンは代表作『ジ・エンターテイナー The Entertainer』などを作り、ラグタイム王と呼ばれました。
デキシーランド・ジャズとラグ
デキシーランド・ジャズとラグはどういう関係にあるのでしょうか。
デキシーランドは現在のアメリカの南部諸州を指す言葉です。 18世紀ころのアメリカ南部はルイジアナと称するフランスの植民地でしたが、19世紀初めにアメリカが購入して獲得したものです。こうした経緯から南部にはフランス系の住民が居住し、使用されていた紙幣にもフランス語で"Dix"(10ドル)と書かれていたそうです。この紙幣がディキシーDixieの由来であるとする説があるようです。
ルイジアナの中心地はミシシッピ川の河口にあるニューオーリンズという町でした。 この町は、初めスペインの植民地として作られ、ヨーロッパ風のしゃれた港町として成長していきました。 その後、フランス領、次いでアメリカ領となった関係で、多様な文化が渦巻く町になりました。
この地域ではアフリカにルーツを持つ人々が、奴隷として農場や下働きに従事していました。 奴隷解放後も苦しい生活が続く中、生まれたのがデキシーランド・ジャズであるとされています。デキシーランド・ジャズは自然発生的に生まれたオリジナルなので、トラディショナル・ジャズとも言うそうです。
19世紀の終わりころにはデキシーランド・ジャズの演奏家がアメリカ各地で活動するようになりました。
同じころ、スコット・ジョプリンの『メイプルリーフ・ラグ』(1899)が大人気となり、ラグタイムが新しいポピュラー音楽としてアメリカに広まりました。
ラグタイムはピアノで演奏するのが基本でしたが、デキシーランド・ジャズのバンドがこぞってラグタイムを演奏するようになり、クラリネット、トランペット、トロンボーン、バンジョー、ベース、ドラムによる演奏スタイルが生まれました。
しかし、スコット・ジョプリンの死やジャズ人気の台頭により、ラグタイムのブームは1917年ころに終わりを告げました。
ラグタイム・その後
ブームを過ぎたとはいえ、現在でもラグタイムは健在です。他の音楽との融合など、新しい試みもあるようです。
そうした中、『トロンボーン・ラグ』はトロンボーン・セクションを中心にした変わり種のラグになっています。
デキシーランド・ジャズの演奏は少人数のバンドによるものが一般的です。しかしこの曲はコンサート・バンド用に書かれていて、トロンボーン4本とバックバンドで構成されているのが特徴です。こうした試みによって吹奏楽にもラグタイムの裾野は広がっていくことでしょう。
陽気でリズム感のあるラグタイムはアメリカと切り離せない存在。これからも変化しながら受け継がれていくことでしょう。