楽曲紹介 『セント・ジョージの旗(The Standard of St. George)』

Tb.パートの大槻です。
カテゴリ「楽曲」では、当団で取り上げている楽曲の紹介をしていきます。
第36回は、『セント・ジョージの旗(The Standard of St. George)』をご紹介します。

 『セントジョージの旗』はイギリスのマーチ王、 ケネス・アルフォードKenneth Joseph Alford(1881-1945)により1930年に書かれたマーチです。 冒頭から32小節も続くファンファーレセクションとそれを支える低音楽器群というユニークな構成がこの曲の特徴です。

 楽譜の出版前からイギリス海兵隊のコンサートで取り上げられていた人気曲ということですが、 現在においてもアルフォードのマーチの中で最も有名な曲の一つです。

セント・ジョージとは

 曲名にある「セント・ジョージ」とはキリスト教の聖人である聖ジョージ(聖ゲオルギオス)のことです。 聖ジョージは古代ローマ時代の兵士であり、ローマ皇帝ディオクレティアヌス帝に仕えていました。 皇帝はキリスト教徒を迫害していたのでゲオルギオスにも棄教を迫りました。 しかしゲオルギオスはそれを拒否して殉教したといわれています。

 12世紀ころにできた話らしいですが、聖ジョージといえばドラゴン退治の伝説が有名です。

 聖ジョージは布教の旅の途中、シレーネという村にさしかかりました。 その村はドラゴンに支配されていて、井戸から水を汲むには村の若い女性を毎日生贄にしなければならないのでした。 次は王の娘が生贄になる番だということで、王はドラゴンを倒した者に姫との結婚を許すといいました。 聖ジョージは姫を救おうと決意し、首尾よくドラゴンを退治しました。 このときドラゴンの血が赤いバラに変わったと言われています。 シレーネの人々は自由に井戸が使えるようになり、聖ジョージに感謝してキリスト教に改宗したということです。

セント・ジョージ・クロス

 14世紀ころイングランドの王だったエドワード3世は聖ジョージの伝説が気に入っていて、 聖ジョージをイングランドの守護聖人に定めました。

 守護聖人というのはカトリックや正教会の伝統的な信仰の一つです。 特定の国や町、職業などにゆかりのある聖人がそれを守ってくれるというものです。 聖書を翻訳して広めた聖人は通訳の守護聖人、拷問で歯を抜かれた聖人は歯科医の守護聖人という具合です。 イングランドと同様に、スコットランドでは聖アンドリュー(アンドレ)、アイルランドは聖パトリックと、それぞれ守護聖人がいます。

 聖ジョージのシンボルは白地に赤の十字で「セント・ジョージ・クロス」(聖ゲオルギウス十字)と呼ばれます。

 これと同じデザインの旗は12世紀からあり、かの十字軍遠征のときにすでに軍旗として使われていたそうですが、 14世紀になるとイングランドの旗になりました。

 毎年4月23日はセント・ジョージ・デーというイングランドの記念日です。 正式な休日ではありませんが、この日はセント・ジョージ・クロスが家々に掲げられ、 赤いバラを飾ってイベントが行われるのだそうです。

 ちなみに、イギリスの栄誉あるガーター騎士団を設立したのもエドワード3世です(ガーターとは、靴下止めとして足につけるあのガーターのことです)。騎士と言っても実態は上級貴族ですので戦闘はしません。重臣の名誉クラブといった意味合いのものです。現在ではガーター勲章を受章した人ならこの騎士団に入れるのですが、メンバーの人数が一定数に限定されているため順番待ちもありうる大変な栄誉なのだそうです。

 エドワード3世はアーサー王の物語にも惹かれていたそうで、ガーター騎士団の設立にあたっては円卓の騎士をイメージしていたらしいと言われています。そしてガーター騎士団のシンボルもセント・ジョージ・クロスなのです。エドワード3世はロマンチストだったんですね。

『セント・ジョージの旗』

 アルフォードはロンドンで行われた近衛兵の式典を見て、この曲の曲想を得たといわれています。

 ロンドンのバッキンガム宮殿から東に行ったところにホース・ガーズという建物があります。 17世紀に建てられた近衛兵の詰所だったものを18世紀に建て替えたということです。 英陸軍の参謀本部や英陸軍最高司令官の司令部として使用されていたこともあり、現在はイギリス軍および王室騎兵隊の司令官室となっているらしいです。

 ホース・ガーズの前庭はホース・ガーズ・パレードHorse Guards Paradeと呼ばれる場所で、 ここでは観兵式などイギリス王室の主要儀式が行われます。

 儀式のひとつに、トゥルーピング・ザ・カラーTrooping The Colourという軍事パレードがあります。 このパレードは国王の誕生日を祝うために、1760年のジョージ3世の時代から毎年行われているものです。 英陸軍で最も古い連隊である近衛歩兵連隊の兵士や馬、楽団が参加して、日頃の訓練の成果が披露されます。

 アルフォードはホース・ガーズ・パレードで行われたトゥルーピング・ザ・カラーというパレードを見ていた訳ですね。

「カラー」と「スタンダード」

 このマーチの邦題は、『セントジョージの旗の下に』、『聖ジョージ軍旗』など複数見受けられます。

 英語には旗を指すことばはいくつかあるようで、例えばトゥルーピング・ザ・カラーの「カラー」(Colour)は、各部隊の旗を表わすそうです。「the ship's colors」なら「軍艦旗」ですね。

 今回の曲名である「スタンダード」(Standard)にも旗・軍旗という意味がありますが、こちらは連隊旗など、より上位の旗を指すのだそうです。各部隊の旗の前にただ一つ颯爽と翻るイングランドの旗セント・ジョージ・クロスの様子が目に浮かぶようですね。