「ポピュラー・パソドブレ」

Tb.パートの大槻です。
カテゴリ「関連情報」では、では、当団で取り上げている楽曲に関連するマメ知識をご紹介していきます。
第9回はポピュラー・パソドブレについてをご紹介します。

 パソドブレはスペインの国民音楽です。歌や踊り、演劇を始めとして、行進や興行、イベントなど、スペインの日常のあらゆるシーンに根付いています。 広い裾野を持つパソドブレですが、今回はその中の一つ・ポピュラー・パソドブレに限定し、掘り下げて見ていきたいと思います。

ポピュラー・パソドブレとは

 パソドブレが演奏されるのは闘牛や行進の時だけではありません。ポピュラー・パソドブレはそうした例の一つで、内輪のお祝いや社交の場など、何人かの人が集まる場で歌い踊るために作られた曲です。 一般に曲調は明るい傾向ですが、メランコリックな歌詞や愛国的な歌詞の場合は感情的で内省的な曲調のものもあります。

 ポピュラー・パソドブレは、大編成から小編成まで、楽器の構成もさまざまです。シンフォニック・バンドによる演奏ともなると、チェロも演奏に加わっていたりして、なかなか優雅です。 これとは対照的に小編成のバンドで演奏されるものもあります。楽しいコーラスにアコーディオンやギター。用いられる楽器もさまざまです。

 では、ポピュラー・パソドブレの有名どころを見ていきましょう。

『En er Mundo』アン・エル・ムンド

 フアン・キンテロ・ムニョスJuan Quintero Muñoz(1903-1980)が、バイオリニストのヘスス・フェルナンデス・ロレンソと共に、あるサックス奏者のために作曲したものだそうです。 曲名は世界中in the worldといった意味になります。

 中間部ではアルト・サックスが長いソロを取り、会場を湧かせます。前半はどうみてもタウリン・パソドブレなのですが、最後まで聞くと硬軟取り混ぜた、楽しめる曲になっています。 終盤は今度はトランペットがソロを取り妙技を披露。個人技や特定の楽器を用いた自由な形式もポピュラー・パソドブレの特徴なんですね。

『Costa Dorada』コスタ・ドラーダ

 作曲者マヌエル・リロ・トレグロサManuel Lillo Torregrosa(1940-)はE♭クラのソリスト。 スペイン国立管弦楽団のメンバーとしても活動する傍ら、交響曲、ポピュラー、パソドブレなど600曲以上を手掛けています。『コスタ・ドラーダ』は『プラザ・デ・ラス・ベンタス』と並ぶ代表曲です。 「コスタ・ドラーダ」とは「ゴールドコースト」のこと。いわずと知れた、スペイン東部の観光名所ですね。

 テンポ120くらいで、わかりやすいメロディ運び。すぐ覚えてしまえる楽しい曲です。音楽と太陽の国、という感じです。ステージ・ショーなどで広く支持されている曲のようです。

 トレグロサはバレンシアの出身。『コスタ・ドラーダ』のほかに、『コスタ・デル・アサアールCosta del azahar』とか『コスタ・ブランカCosta blanca』といった具合に出身地の地名を曲名にしたパソドブレも作っています。

 クラリネットがのびやかに歌い、最後は明るく盛り上がり、日の光と海の香りが満ちてくるような曲です。地元愛を高らかに歌うのもポピュラー・パソドブレなんですね。

『Valencia』バレンシア

 地元愛といえば、この曲も外せません。その名も『バレンシア』。ホセ・バディーリャ・サンチェスJose Padilla Sanchez(1889-1960)が1925年に作曲したヒット作です。 ホセ・サンチェスは映画音楽、サルスエラなども手掛けた人です。

 ホセ・サンチェス自身はバレンシアではなく、その南西にあるアンダルシアの生まれですが、それはともかく、その土地を讃えるという感じのこの曲は、ご当地ソングならぬ「ご当地パソドブレ」といったところですね。

『Sombreros y Mantillas』ソンブレロ・イ・マンティラ

 作曲者であるジャン・ヴァイサードJean Vaissade(1911-1979)はフランス生まれです。アコーディオン奏者でもありました。

 マンティラはスペインやラテン諸国で使われる女性用のレースまたはベールのこと。曲名は帽子とショールで男と女を表わしています。

 テンポ132-140拍でメロディが流れ、最高に颯爽とした曲です。前半はちょっぴり哀愁が漂いますが、後半は南国的な解放感があふれます。後半部分は歌手による歌が入るバージョンもあるようです。

 サックスやアコーディオンなどがソロを取る小編成での演奏ですので、肩が凝らずに楽しめます。実におしゃれ。これぞポピュラー・パソドブレ、といった感じです。

『Islas Canarias』カナリア諸島

 ホセ・マリア・タリダスJosé María Tarridas i Barri(1903-1992)による1935年の作です。 ホセ・タリダスはバルセロナ近郊のサン・ポルの生まれですがマドリッドで長く活動し、バラードや映画音楽なども手がけた作曲家です。ちなみに、マリアさんは男性です。

 この曲はスペイン領である大西洋の島・カナリア諸島にちなんだパソドブレで、バレンシアの作詞家フアン ピコットJuan Picot(1893-1956)が歌詞を追加しました。 その後フォーク グループ:ロス・サバンデーニョスLos Sabandenosが歌詞を変更して、カナリア諸島に広めました。 その甲斐あって、この曲は2003年までカナリア諸島の国歌として歌われました。 ロス サバンデーニョスはカナリア諸島で1960年代から50年以上にわたり活動を続けている国民的な超・長寿バンドだということです。

 解放的で明るく、楽しい曲です。ギターのような楽器と陽気な男性コーラス。スペインというより中南米という雰囲気があります。パソドブレも編成でこんなに変わるものなんですね。

 ああカナリア諸島、わが愛しの国…比類なき美しさを誇る果樹園…女性たちは薔薇の花のようです、と郷土愛溢れる、心豊かになれる曲です。 カナリア諸島はモロッコの西100キロにある7つの島々。400年前にスペインにより征服されましたが、現在はカナリア人による自治州があります。

『No te vayas de Navarra』ナバラを離れないで

 ラファエル ハエン ガルシアRaphael Jaen Garcia(1915-1984)はカディス出身の作曲家・作詞家でした。歌謡界で活躍した他、パソドブレも残しています。 『ナバラを離れないで』は1967年の作です。

 ナバラの名物はスペイン3大祭りの一つであるサン・フェルミン祭です。この祭りのハイライトは、猛牛と人々が入り乱れて街を走り抜ける「エンシエロ」という牛追いです。 エンシエロは毎年多数のケガ人が出るという伝統行事です。

 このパソドブレには情熱的な歌詞がついています。エンシエロで命を落とした恋人を偲び、彼の心がナバラから離れないように、とマカレナの聖母に祈る女性の気持ちを歌うものです。 マリフェ・デ・トリアナMarife De Trianaの歌は心に沁みますね。

等身大のスペイン

 バラエティーに富んだテーマ。演奏の楽器編成も柔軟。ポピュラー・パソドブレはスペイン人の日常に密着した音楽なんですね。こうした音楽を通してこそ、等身大のスペインの日常に触れることができるように思います。

 このジャンルはまだブルースカイでは演奏していないので、折を見て演奏してみたいです。