「スペインのマーチ 4」

Tb.パートの大槻です。
カテゴリ「関連情報」では、では、当団で取り上げている楽曲に関連するマメ知識をご紹介していきます。
第14回は4回目となります、スペインのマーチについてをご紹介します。

 スペインで人気のあるマーチの話、その4回目となります。

 今回は、軍隊で演奏されるマーチ・賛歌など3曲と、地元の信仰を集める修道院に因んだもの1曲を紹介します。 同じマーチといいながら、軍隊と修道院とでは戦争と平和のようにまるで正反対のように見えますが、そんなことはありません。 どちらも、"大切なもの、守りたいものへの思い"が込められている点では同じであるといえるでしょう。

 マーチを知ることで、スペインの人々が大切にしているものは何か、その一端を垣間見ることができるはずです。

『アルカサル賛歌(El Alcazar De toledo)』

 この曲はアルカサル要塞包囲戦という戦争にちなんだもので、陸軍の音楽家だったホセ・マルティン・ヒルJosé Martín Gil(1893-1973)が1936年に作曲しました。

 20世紀初頭のスペインでは政治的混乱が続き、社会不安が増大していました。 1936年には左派による人民戦線政府が成立しましたが、国内の混乱は収拾せず、ストライキや暴動が続いていました。 この状況下でフランコ将軍がクーデタを起こし右派と結んだため、スペインでは内戦が始まりました。

 スペイン内戦が始まると、フランコ将軍側についた武装勢力の一隊がトレドのアルカサル要塞に立てこもりました。 人民戦線(政府軍)はこれを包囲し攻撃しましたが、武装勢力側はフランコ政権が成立するまで抵抗を続けました。

 この曲には歌詞もありますが、フランコ将軍側の立場で作られた曲なので、武装勢力による抵抗を讃える内容となっています。 栄光、雄姿、英雄といった言葉が随所にちりばめられ、暴君から祖国を守ろう、 爆弾の雨が降ろうが死ぬ気で戦おう、といった激烈な内容の歌詞です。

『Ganando Barlovento』

 スペイン海軍のためのマーチで、1966年にラモン・サエス・デ・アダナ・ラウズリカRamón Sáez de Adana Lauzurica(1916-1999)が作曲しました。

 曲名は「風上での勝利」といった意味です。艦船による戦闘では敵の砲撃に対する備えとして、 風上に陣取ることが勝つための鉄則なのだそうです。

 この曲は1968年に行われた海軍主催のコンテストで選ばれたマーチで、大変人気のある曲です。パレードや、国王列席の会議の開会式、海兵隊や歩兵隊のパレードなど、各種の行事で使用される曲とのことです。 スペインのマーチとしてはめずらしく、現代的でさわやかなマーチです。

 作曲者ラモン・サエス・デ・アダナ・ラウズリカは、スペイン内戦後、海軍音楽監督団に加わり、 海軍の楽団の指揮者を務めた人です。

『イザベルとフェルナンド(Isabel Y Fernando)』

 このマーチはスアレス=グランダSuárez-Grandaにより1932年に作曲されました。

 タイトルは『En pie, camaradas』ともいいます。立ち上がれ、同士たちよ、という意味です。

 この曲のタイトルであるイザベルとは15世紀のカスティーリャ王国の女王イサベル1世を指します。 また、フェルナンドとはアラゴン王国の王子で、後のフェルナンド5世のことです。 二人は結婚し、カトリック両王としてスペインを共同統治しました。スペイン統一を成し遂げた名君です。 このマーチではカトリック両王を同士団結の象徴として位置付けています。

 歌詞はマヌエル・カサド・トラベシManuel Casado Travesíによるものです。

 同志よ、立ち上がって、奴隷制のくびきを振り払うのだ。 イザベルとフェルナンドにより勝ち、栄光のスペインは再び強国となる。 勝利に導く旗のもとで、征服するまで止まらないと誓おう、といった趣旨が歌われます。

『サンタマリア・デ・リポル(Santa Maria De Ripoll)』

 曲名は、リポルのサンタマリアという意味です。リポルは、バルセロナ郊外にある小さな町です。

 この町にあるサンタマリア修道院は、中世に起源を持つベネディクト派の寺院です。 この修道院はカタルーニャの文化・精神の中心というべき場所であり、 建物自体もカタルーニャ地方を代表するロマネスク様式の修道院として知られています。

 修道院はスペイン屈指の充実を誇っていましたが、1835年に火災があり廃墟同然になりました。 その後精力的に復興がなされた結果、火災以前の姿を再び目にすることができるようになりました。

 この曲は全体を通して、静謐な修道院を思わせるにふさわしい調べが延々と続きます。 荘重にして厳粛な曲で、修道院の回廊や広場を巡っているような感覚になります。

 作曲者であるジョアン・ラモテ・デ・グリニョン・イ・ボッケJuan Lamotte de Grignon Bocquet (1872-1949)は、修道院のある地元・カタルーニャ出身の作曲家で、国内外の著名なオーケストラの指揮者や監督を務めました。

マーチが生み出す"大切にしたいもの"

 軍で演奏されているマーチを見ますと、力の入った演奏や率直で苛烈な歌詞、強いプロパガンダ性など、 日本人が耳にするマーチとはかなり異なっています。 祖国防衛や兵士の献身などが強調されることが多いようですが、これには過去の歴史が強く影響しているのでしょう。 激動の時代だった20世紀前半に作られた曲が今なお受け継がれています。曲が持つ精神性に共感する部分が多いのだと思われます。

 軍以外のマーチとしては、宗教やイベントに関わるものや音楽劇・サルスエラから作られたものなどがあります。 こうしたマーチは、人々や地域のアイデンティティーを作り出す上で重要な役割を果たしているといえます。 これらのマーチが生み出すのは、聖母に寄せる祈りや帰属意識・連帯感などです。 中には100年以上にわたって人気を保っている曲も存在するようです。 スペインではマーチが文化として市民社会にしっかりと根付いているんですね。